のんびり続ける備忘録。   今年は節約しながら旅するのだ~


by imusam928
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初挑戦のNYCM・・・地獄~Goal編

Queensboro Bridgeと間違えた小さな鉄橋の上り坂あたりで、ちょうど13マイル、そして少し先にハーフのポイントが見えた。(H/2:14:55) やっと半分、あとこの同じ距離をもう一回~!という瞬間は頭がリセットされる。フルマラソンは長い、と思う瞬間。そんな経験もまだ2度目ですが。自分でも写真とコースを見ながら記憶をたどると色々思い出してきた。帰国して時間が経って、実はこうだったんではないかということもある。前半に比べて、後半は暗いです。
 
 折り返し地点で気持ちを新たに。しかし足が疲れてきたなと感じる、さすがに身体はそうは行かないさ。鉄橋を進みながら、ゆるい上り坂は嫌いじゃないのに、前に進まない、苦しい。そりゃあ、ハーフマラソン過ぎたんだから当然だよと言いきかせる。
 Queensの街中で、にぎやかなバンド演奏に気持ちを奮い立たせて手を突き上げて走った。バンドマンが応えてくれた。いよいよ『魔のQueensboro!』とみんなが言う、暗くて寒い橋を渡る。d0036951_026348.jpgd0036951_0262599.jpg
 QueensとManhattanを結ぶシンボルの橋は外観はクラシカルで素敵なのだが、フルマラソンの16Mile(約25キロ)という厳しいポイントにあるのだ。



 向かって行きたい、けど進まない。足に力が入らなくなった。暗さは想像していたほどではないし、寒さもまだ耐えられたと思った。静かに足音が響く中、大声で歌うお兄さんがいて、遠くでその仲間が歌って笑っていたので、自分も笑った。急に調子が変わったのは下りになってから。苦手な下り坂は克服したはずなのに、この靴を履くと全然怖くないはずなのに、何故か足にブレーキがかかってしまった。
 下って平らになったら大丈夫に思えた。その橋の下をくぐるたあたりで「Last 16,Go!Go!」と叫ぶ声が聞こえた。 マイル?いや約26キロ過ぎた、あと16キロか~!とキロ換算だったので急に現実味があったので覚えている。だんだん膝下がだるくなってきて、腿を意識してあげるようにした。Manhattanに入った1st Av.は道幅もとても広く、沿道の人もすごい。
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 今回、昨年の初マラソンよりも走り込みができていない私は、走った最長も30キロ。そろそろ私の限界点に近づいているんだから、身体は正直に悲鳴を上げてくるわけだ。風邪でダウンして練習をストップしたとき、走りこみ不足は覚悟を決めたけど、その現実がやってくる。
 1st Av.をまっすぐ北上し、Bronxにわたって折り返して5th Av.を戻ってくる。私にとってBrooklyn・Queensにくらべたら、番地もわかりやすく距離感も明確だが、それが気持ちをブルーにさせる。広々とした1st Av.は遠く遠くずっと先まで一直線。広い路面に大勢のランナー!両脇から大歓声!!このスケール感は初めて体感するもので感動的なのだが。
d0036951_0365669.jpg そんな広い道でどんどんどんどん人に追い抜かれていったっけ・・・。足が進まなくなってきていた。歩幅が小さい。でも直線だし蛇行しても平気なくらい広い。NYを走っているなあという感動とともに、足先の痛みを本気で感じ始めてきたころ。(25/2:42:50)
 橋の中で身体が冷えてパワーダウンしたせいだ。不味いパワージェルももらって飲んだ。身体が軽くなるかなと思って19Mile過ぎにトイレによった。ちょっと効果はあったけど、足の進みは変化しない。

d0036951_0225879.jpg これは絶対、足指にマメができた、と思った。膝下がだるいというのではなくて、右足が着地したときに足指にズキンズキンする鈍い痛みだった。脚じゃなくて足、今までに感じたことの無い足先の痛み=豆ができたと思った。それまでマメができたたことがない私だけど、最後の数週間に走れていない足はふにゃふにゃで、30キロに耐えられなかったんだ。私の限界を超えてるんだ、それがマメとなったか・・・どうなるんだろうと不安が押し寄せてきた。(30/3:19:18)
 Bronxに入る橋は足場が悪く、一歩一歩がズキンズキンと頭に響いたのを思い出す。このあたりは痛みと戦っていたためか、正直景色も覚えていない。ブーロンクスー?どんなだった!?
 止まって靴を脱いで足を見ようかと思ったけど、そんなことしたら2度と走りだせなくなるという恐怖感でできなかった。35キロの電光掲示板を見て、現実距離を理解し、もうマメがつぶれてもあと皇居1周(+ちょい)を行こう、え、行けるか?って頭のなかでグルグル問答してた。(35/3:58:29)
 5th Av.に入ってからは、右足指がずっと痛くて痛くて涙がでた。右足は踵だけ突くようにガニマタになって、左足は元気に蹴り出すことができるので、どんどん右へ右へと寄ってしまう。右に力を入れて軌道修正するときがまた痛い。蛇行してる。手先がビリビリしびれてきていたのは、今思うとこの痛みに耐えていたせいではないだろうか。今でもぞっとする。相当悲惨な表情でいたはずだ。
 しかし、根性があったんだなあ私、と思うのは、自分の時計で見たタイムで、このままでもなんとか歩かないでゴールできたら5時間が切れる!と考えた。「がんばーれ、がんばーれ」って声に出して自分応援した。思い出すと笑うけど日本語が必要だったんだろう。距離もあと5キロちょっと、って思っていてもまだあと3マイルと思うと長く感じるから不思議なものだ。自分にマイルの感覚が無いからですが・・・下準備不足です。

d0036951_0544378.jpg つづく閑静なUpper Eastの住宅街もあまり覚えていない(笑)。ようやく91Stから,Central Parkに入った曲がり角で、意識が戻った。緑の力だ。色づきにはまだ早かったけど、NYの森の中に入って少し元気が出てきた。こんなところでランナーズハイ!?と思うくらい、下り坂では突然ペースが戻ったりしたが、ほんの一瞬だった。

 そのころはヤケッパチで、白いシューズに血が滲んでないからマメも大丈夫!!と、大きく腕を振り込んで足を押し出した。気持ちで走ってる。だけど、時計の進みが遅くてたまらなかった・・・。5キロが長いなが~い・・・。
 25Mile、Mileなんてピンとこない!40キロが見えて、歯を食いしばって最後の力を振り絞った。(40/4:35:45)
ラスト2キロ!だけど2キロだって案外長い。10分以上あるんだよ、走っているときはすぐ計算できなかったので、長い道の途中で、意識とは離れたところでもう勝手に脚の動きが止まるんじゃないかと思った。痛みが麻痺していたというより、我慢しすぎて苦しくなっていた。このときはCentral Parkの広大さが恨めしかった!!あの気持ちよかったスタートの青空もなくて、ビルの陰のアスファルトは冷たかった。
 そして最後、26Mileの先の数百メートル。Finish Gateが見えるのに遠かった。笑えない。でも、くぐることができて、よかった、本当によかった。天国から地獄の後半戦、よく耐えた。
d0036951_228534.jpg意識が朦朧としているけど、カメラマンがいなかったので、近くの女の子とゴール写真をしっかりとりあっていた、ちゃっかりしている自分。ずぶとい。(G/4:56:20、N/4:51:16)
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by imusam928 | 2007-11-20 23:49 | 2007 NYCM